夏休みに向けて:「今、ここ」の確認と軌道修正

20170807日(月)
こんにちは。
緑

夏休みです。
2017年も半分以上が過ぎてしまいました。
まだまだ先は長いですが、とりあえず、「お疲れさま」を言いましょう。
お疲れさまでした。

毎日を過ごすことに精一杯になっていると、あっという間に一週間が経ち、一ヶ月が経ち、三ヶ月、半年、一年…うっかりすると卒業して新しい場所に立ってしまっていたりします。

明日のことなんてわからなくても、とりあえず計画を立てたり締め切りを作ったり、何か区切っておかなければ先が見えないので、目の前にはたくさんの予定が積もっていることと思います。

その予定はいつ立てたものでしょうか?
あるいはどこからか、誰からか手渡された予定でしょうか?
どうしてその予定を自分の時間に組み込むことに決めたり、同意したりしたのでしたっけ?

夏休みに向けて、ここで一度、振り返っておきたいものです。

予定を立てたその時、ではなく、「今」の自分は何を考え、何をしたいと願い、どこに、どのように立っているでしょうか。

毎日毎日、変わらないようでいて、気がつけば少しずつ変わっています。
新しく立てたはずの予定や計画はどんどん古くなっていきます。

その予定は、「今、ここ」の自分に合っているのか。
合っていないとしたら、どうすればいいのか。
合っていないなりにたどり着くしかないとしたら、どうすればいいのか。

夏休みは、軌道修正のためのインターバルにぴったりの時間です。
あらゆる変化に振り回されて来た方は、少し休憩を取りつつ今後の準備をする時間に。
安定して取り組みを続けられている方は、変化に備えつつ、着実に積み重ねる時間に。
いずれにしても、水分補給を欠かさずしっかり休憩、休憩、休憩、で、涼しい秋を待ちましょう。

2017年前期、場所を図書館2階カウンター横に移動してのLALAデスク活動となりました。
学習相談に来てくださった皆様、ブログを読んでくださった皆様、存在を知ってくださった皆様、そしてサポートくださった図書館職員の皆様、本当にありがとうございました。

みなさま様々に忙しく過ごされることと思いますが、どうぞご自愛ください。
後期のLALAデスクは10月2日(月)からスタートします。
また10月にお会いしましょう!

#みあ

読みたいけれど読めない本たち

20170529日(月)
暑い日が続いていて、冷房の効いた部屋に閉じこもる夏の到来を感じさせる今日この頃です。
突然ですが、大学生活は、読まなければならない本と読みたい本と、読める本と、読んだ方がいいけど読めない本と、読まなくてもいいのに読みたくて読めてしまう本とに囲まれ、追われる生活と言っても過言ではないように思います。
授業やレポートのために必要な本を読むだけではなく、日頃から興味のある分野の本を読み込んでおくことが理想ですが、身体的に忙しかったり精神的に忙しかったりして、コントロールが難しくなることも多いのではないでしょうか。

そこで、今回は、充実した夏のために、お部屋の友、そして何より学習に欠かせない「本」との関わりについて、見直してみたいと思います。

今回想定する悩みは、読むか読まないか、ある程度自由に選択できるタイプの本の群れをどうするかということ。
つまり、
「本を読みたくて借りた(買った)のに、全然手をつけられていない…」
ということです。
専門分野に近い本に限って、興味のある本に限って、なぜかそうなってしまったりもして…。

こういうとき、部屋に積まれた本のタワーに圧倒され、
「読まないといけないのに、読んでないぃぃぃぃぃぃ」
と思っても、実行からはどんどん遠ざかってしまいます。

なぜそんなにも本が溜まってしまうのか、どうして読めないのかを考えてみます。


問題:なぜ本が溜まってしまうのか。

考えられる理由例:

①とりあえず興味の湧いた本は全部借りて(買って)しまう。

→たぶん、読むべきなのはその中の一冊か二冊、場合によっては一部分だけです。今回本を借りたのは、「そのジャンルにどんな本があるか知る」ことが目的だったと割り切って、本当に読みたいもの以外返して(売って、仕舞って)しまいましょう。全部読みたくなければ、全部返して(売って、仕舞って)しまった方が健康にいいと思います。

(私はとても飽きっぽいので、「興味を持続させる」という目的だけで、本を借りまくってしまうことがあります。そして、読まずに返してしまうことも多かったです。しかし、一回借りた本は不思議と覚えていて、後で資料として必要になった時にすんなり借りることができてありがたかったこともありました。ですので、読まずに返しても、全く無駄ではないと思います)


②興味があるのは一冊だけなのに、関連する本まで一緒に借りて(買って)しまった。

→関連した内容まで押さえられると本当はベストですが、最初は難しいことの方が多いです。諦めて興味がある一冊をしっかり読み込む方がいいと思います。その一冊を読むことすら大変なこともあります。
①と同様に、興味ある本にどのようなことが関連してくるのかを知ろうとすること、本のタイトルを通じてでもなんとなく掴んでおくこと、は十分に意味があると思います。


③その分野のトレンドであったり、誰かに勧められたものだったりして、少し興味とは違うんだけれど、読まないといけないと思って借りた(買った)。

→「読まないといけない」という気持ちが、義務感からくるものであったり、強制されるように感じるものであったりするのであれば、苦しいだけです。とはいえ、本当に自分の興味とかかわりがないのかどうかは本を開いてみなければわかりません。
音楽を聴きながらとか、アロマを焚きながらとか、リラックスできる環境で、パラパラめくってみる、前書きだけ読んでみる、あとがきだけ読んでみる、などしてみて、本との相性を確かめると良いでしょう。
内容に興味が湧かなくても、文体が好きとか、装丁・雰囲気が好きとか、意外な理由で読めたりすることもあります。



④やりたいことに関係するから借りた(買った)のだけれど、その前に別のやらないといけないことがある。

→「やらないといけないこと」にまず取り掛かってみるしかありません…。「やらないといけないこと」をやっている間もその本のことが忘れられなくて頭がごちゃごちゃする、ということであれば、スキマ時間にちょこちょこ読むなど、自分で責任を持って工夫してみると良いです。一行読めれば、読まないで返してしまうよりは気持ちが楽になります!



問題:なぜ本を読めないのか

考えられる理由例:

①読まないうちに「旬」(読みたいタイミング)が過ぎてしまった。

→「旬」が過ぎてしまったと感じるのであれば、その流れに任せて一度離れてみたほうが気持ちも楽になると思います。


②「読んでいない」ことがプレッシャーになり過ぎて、その本を見ると辛い気持ちになる。

→もしできるなら、手にとって、表紙を開いて、中身をパラパラして、一部だけ読んで見る、という四つのステップを、できるところまでやってから、返すなり仕舞うなりできるといいと思います。


③途中までおもしろく読んだが中断しており、別のことに追われているうちに時間が経ってしまった。

→もう少し読み進める時間はないか検討し、あるのであれば、できるところまで読んでから離れるといいと思います。
もう時間がないのであれば、読めた部分までをその本の読書体験と位置付けて、一区切りつけるといいと思います。


④とてもおもしろそうなのだが、自分がとても関心を持っていることに近過ぎて、読んでしまったら何かが変わってしまうようで、なんだか怖い気がする。

→(私はビビリ屋なので、よくこういう気持ちになります。皆さんはこういう気持ちになることはありますか?)
その物事にとても関心を持っている気持ちや感情に浸り切らないで、一度整理する時間を作るといいと思います。大事にしていることがらに関しては、新しい情報をやたらに入れれば良いというものでもなく、取捨選択も必要ではないでしょうか。その本に書かれているであろう情報、その本から伝わる雰囲気、著者の考え方などを取り入れることが、大事にしていることと自分との関係にどう影響するのかを冷静に検討し直して、本当に、今、必要なのかを検討した上で、読むか否かを決断できるといいと思います。


⑤とてもおもしろそうなのだが、書かれていることがハードな感じがして、なんだか怖い気がする。

→手にとって、表紙を開いて、中身をパラパラして、一部だけ読んで見る、という四つのステップを、できるところまでやりながら、自分の反応を観察しつつ、判断して見るといいと思います。


⑥ちょっとだけ読んだ時に、あまり好ましくないと思った。本音を言えば読みたくないが、ちょっと読んだだけで決めつけてしまうのもどうかと思う。けれど手も出しづらい。

→なぜ「好ましくない」と思ったのか、無理のない範囲で少しでも掘り下げられたらより良いのかなと思います。読んだ箇所と別の部分を思い切って開いて、雰囲気を確かめ、自分がどう感じているか、読みやすいと思えるかどうかなどを見てみる。「あとがき」がある場合はそこをまず読んでみて、本文と違うタッチで書かれた作者の文章に触れて、気持ちに変化があるか観察してみる。こういった方法があるでしょう。


以上、今のところ思いついた原因と対処法を並べてみました。

この他にも、体調が悪い、目が疲れている、精神的に余裕がない、など、ご自身のコンディションが影響している場合も多いと思います。
読書は学習の基本ですが、地道でしんどい作業でもあります。できるだけ無理をせず、楽しく新鮮な気持ちで続けられるといいですよね。

#みあ

「自分の意見」って何…?

20170525日(木)
「自分の意見を書きましょう」
高校生までは、素直に「自分の意見」を書いておりました。
「そう考える理由も書きましょう」
どうしてそう考えたのか、頭の中の道筋を思い出しながら書きました。

しかし、大学生になると、文献を集めたり辞典を調べたり、集めた文献を読んだりした上で、「自分の意見」を組み立てなければいけなくなりました。「根拠」「論拠」と呼ばれる事柄は、自分の考えた道筋だけでなく、道筋を構築した様々な情報も含まれるようになり、そもそも最初にその情報の整理を行わないといけなくなってしまいました。

時には、参考文献の本文なども引用いたします。
本とディスプレイとを交互に見ながら打ち込んでいると、だんだん変な気持ちになってきます。

「私の言いたいこと、全部書いてある…」
「どうしよう、引用した後、どうやって文章を続ければいいの…このまま書き続けても、この著者と同じ結論になっちゃうんじゃないの?」
「…『自分の意見』って、何?」

うなり続けて7年目に突入しました。
現在もうなっていますが、少しずつ割り切れるようにもなってきたような気がしています。

読みながら、引用しながら、上記のように悩んでしまうような文献や文献の中の記述は、自分自身が気づいていない「自分の中にある意見・見解・主張・視点」に気づかせてくれる媒体なのだと思います。
媒体を通じて自分の中にあるものに気がついたら、それをもう一度自分でじっくりと観察して掘り下げてみることが必要です。
「自分の意見」は、自分の中にある様々な要素の重なり合い、とでも表現すれば良いでしょうか、簡単に言ってしまえば持っている知識と理解と関心etcと密に関わってきます。

図で表すとこんな感じです。
snap_ochadailala_20175411417.jpg

→今の専門分野に関心を持ったそもそもの動機、志向、「〜したい」という希望、現時点で大事にしている考え方など。

水色→専門分野&力を入れている分野&力を入れたい分野、自分に必要な学問分野・領域(その領域における自分の立場、考え方、ものの見方も含む)

緑色→趣味や好きなこと。

ピンク色→専門でもなく、絞り切れてもいないけれど、漠然と関心を持っている事柄。

青色→現時点で一番の自分の課題


上の図の形は人によって様々でしょう(今回は私個人を例にして作成しました)。

さて、「もう言うことがない。自分の意見など出てこない」と一度は思った文献・記述ですが、それをこの図の中に配置するとしたら、どうなるでしょうか?

オレンジ色で示してみます。



左上では、青色の円にほとんど丸かぶりですが、青色の円と重なっているピンクや水色や赤色の円とは重なっていない部分もあります。これら、重ならない部分からの再検討が期待できます。

右上は、赤色の円全体と重なっているので、「そうそうそうなの!」と共感してしまい、新しい視点が持ちにくいパターンだと思います(しかも好きなことともかなり被ってる!)。
このような場合は、オレンジ色の円でカバーし切れていなくて、他の色の円がカバーしている部分、つまりオレンジ色と重なっていない部分から、何か付け加えられることがないか考えてみると良いと思います。

また、ここではオレンジ色の円として示していますが、その文献には、その文献独自の赤色・水色・緑色・ピンク色・青色の円の重なり方があります。
自分自身の赤色の円がすっぽり重なっているからと言って、その文献の円の中の赤色部分とすっかり同じと言うわけでもありません。
文献そのものの円の重なり具合も考慮して、もう一度冷静に読み直してみるとより良いでしょう。

左下は、赤色の部分との重なりがまるでありません。また、自分の知識・関心だけではカバーし切れない要素があることが見受けられます。
こう言う場合も難しいです。「納得できるんだけど、何かしっくりこない気もする。でも知らないこともたくさん書いてあるし、どうしよう」とつい思ってしまうかもしれません。
時間があるのであれば、オレンジ色の円がカバーしている範囲を追いかけるように、勉強してカバーできればいいですが、難しい場合もたくさんあります。
この時は、最低でも、「なぜ赤色の円と被らないのか」「赤色の円と何が違うのか」の分析をしておけると良いのではないかと思います。
重なる部分が多いのに、赤色の円と全く重ならないと言うのも、考えてみれば不思議です。
「違い」を見つけようとする意識でもう一度文献に向き合ってみると、実は一番発見があるのがこのパターンかもしれません。

とても漠然とした内容になってしまいましたが、本当の「自分の意見」と言うのは、このように、自分の持っている要素と、その文献・記述の示している要素との比較を丁寧に行った上で、重なっていない部分(違う部分)を見つけ、その立場から何か言えないか考えることで、生まれるものなのだと思います。
そうして生まれた「自分の意見」は、当然、文献・記述の示している内容や考え方に重なる部分はありますが、さらに違う視点から眺め直され、再構成されたものになるのです。

もちろん、自分が何に、どこまで影響を受けているのか、はしっかり把握しておく必要がありますし、必要な場合には参考にした旨を明記するのは絶対です。

まとめると、しっかり考え直した上で、賛同するところは賛同し、参考になるところは参考にして、新しい視点を盛り込んだものが、「自分の意見」と言うところでしょうか。

以上、長くなりましたが、少しでも参考になるようでしたら嬉しいです。


#みあ

スケジューリングについて

20170519日(金)
こんにちは。

LALAのマーヤです。

ちょっと質問ですが、皆さんは毎週のスケジュールを立てますか?
皆さんは学生ですし、授業やバイトがありますので、スケジュールを立てると、時間の管理が少し楽になりますね。また、最近は、スタンプやシールを付けられる可愛いスケジュール帳や便利なスケジュールのアプリもありますね。

もう一つの質問です。スケジュールを立てるとき、どんなことをスケジュール帳やスケジュールアプリに記入しますか?授業、バイト、サークル、食事の約束などでしょうか。

まあ、スケジュールの立て方は色々あると思いますが、ここでLALAのマーヤのコツを紹介したいと思います。

☆一週ごとにスケジュールを立てる
その週にやるべきことをよく把握します。

☆タスクを入れる
授業やバイトなどだけでなく、その週の内にしなければならないタスクも記入します。
(例えば授業の課題、英語の勉強、課題のための資料検索などの時間)

☆リラックスの時間を入れてみる
映画鑑賞、読書などの時間


☆余裕の時間も入れる
スケジュールを詰めすぎず、毎日少し時間の余裕があるといいです。
(急に何かの用事が入った場合のために)

恥ずかしいですが、買い物・洗濯物・料理する時間も予め決めます、、( /ω)
自分でもやりすぎたなぁとしょっちゅう思いますが、色々な締切や会う約束を守ることができて、食べるものや着る服もいつも準備できているので、それはスケジューリングの効果かもしれません。だけど、LALAの小笠原さんが前書いたように、何もスケジュールを立てない時期も必要ですので、スケジュールを一つも立てず、思い切り休む時間も忘れないでくださいね!

手帳


ではでは〜

#マーヤ

もうすぐGWですね!〜「タスク」から外れて、「きっかけ」に立ち戻る〜

20170428日(金)
新学期が始まって3週間が過ぎ、GWが近づいて参りました。

新しい授業や活動に照準を合わせるための、ゆっくり気味の4月から、本格的に頭と体を使って動いていく5月へ向けた、つかの間の休憩といったところでしょうか。
5月なかばからは予定が目白押しで、ドキドキ、という方も多いと思います。

さて、普段、私たちは、
「授業」「課題」「自分の勉強」「アルバイト」「プライベートな時間」
のように、自分の時間、役割や「やること」をたくさんに区切って生活していますよね。
「やりたいこと」と、「やらないといけないこと」と、「できること」と、「できないこと」のバランスを取るのも難しくて、だんだんごちゃごちゃしてきて、一体自分が何をしたかったのか、わからなくなってしまう、なんてことはありませんか?

そんな時、何か覚えないといけない、書かないといけない、勉強しないといけない、となると、自分で選んで取り組んでいる課題や研究が遠く感じてしまうこともあるかもしれませんね。

GWは、いろんなことに追われてお疲れ気味の心と体と頭をリラックスさせる絶好の機会です。
「タスク」に区切られないで過ごせる日や時間の中で、

この勉強をしたいと思ったきっかけ、
この活動をしたいと思ったきっかけ、
これが好きになったきっかけ、

に立ち戻る瞬間があるかもしれません。
お休みになると、普段できないあれもこれもをやりたくなってもしまいますが、「ほっ」とできる時間を作れるようでありたいと思います。
英気を養えるGWになりますよう、ささやかながらお祈りしています!

#みあ